事例あり!老年看護過程の書き方【アセスメント編】

老年看護実習では、慢性疾患や障害をもつ高齢者が対象となる場合が多くあります。完治する疾患とは異なり、病気や障害を抱えながらもその人らしい生活を送ることができるよう支援していくことが大切です。そのためには、看護の対象を単に健康を損ねているものとして捉えるのではなく、全人的に幅広く捉えアセスメントしていく必要があります。
今回は、アルツハイマー型認知症患者が大腸内視鏡検査目的で入院となった75歳女性の看護過程を展開していきます。老年看護における発達課題や生活行動モデルの視点の理解を深め、ケアを実践できるようにしていきましょう。
目次
老年期の特徴
老年期は、加齢に伴う身体的・心理的・社会的な変化が著しい時期です。その人らしい生活を支えるためには身体的なケアだけでなく、対象者の心理的・社会的な側面の理解も深めてケアを実施することが大切です。
身体的特徴
老年期では、加齢に伴い身体の細胞そのものの働きが低下するため、さまざまな生理的老化が進行します。具体的な身体的特徴は、以下の通りです。
臓器機能の低下
老化に伴い、各臓器器官の機能が低下します。
各臓器器官 | 機能低下による変化 |
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外見 |
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感覚器官系 |
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消化管系 |
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神経系 |
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循環器系 |
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呼吸器系 |
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泌尿器系 |
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骨格筋系 |
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血液・免疫系 |
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内分泌系 |
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生殖器系 |
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恒常性維持機能の低下
外部環境の変化に適応する能力が低下します。脱水症状、体温調節や血糖コントロール能力の低下、血圧の上昇を引き起こしやすくなります。
予備力や回復力の低下
病気にかかりやすく、治りにくくなります。
複数疾患の併存
複数の症状や病気を抱えやすく、病気が治っても障害が残ったり慢性化することがあります。
ADLの低下
安静や臥床期間が長くなると関節拘縮や筋力低下などの運動機能がさらに低下し、ADLを低下させます。
重篤化
各臓器の機能が低下しているため、症状が急激に変化し、重篤化しやすくなります。
心理的特徴
老年期の心理的特徴は、「精神機能」と「知的能力」に大きく分けられ、それぞれが密接に関連しています。
精神機能の特徴
精神機能とは感情や動機づけ、人格などの心理的側面のことです。老年期には身体の変化や社会的役割の変化に伴って精神機能が影響を受ける場合がありますが、個人差が大きいとも言われています。
感情・ 気分の変化 |
【喪失感、孤独感】 配偶者や友人など身近な人の死や、退職による社会的なつながりが減ることで、喪失感や孤独感を抱きやすい 【不安、恐怖】健康障害や死への恐怖、将来への漠然とした不安を抱きやすい 【うつ症状】喪失体験や身体的制約が原因となり抑うつ状態に陥りやすい |
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動機づけの低下、 または向上 |
【無気力】 活動への意欲が低下し、趣味や社会参加に対する関心が薄れる 【意欲的】余暇を活用して新たな活動に挑戦するなど、積極的に行動する場合もある |
人格の安定、 または変化 |
【人格の安定性】 経験や人生の蓄積により、自己を受け入れる心の安定を得られる人が多い 【人格の変化的】認知症や慢性的なストレスにより、攻撃的になるなど人格が変化する場合がある |
知的能力の特徴
知的能力とは、記憶・学習・判断・思考などの認知的な能力のことです。老年期の知的能力は、加齢の影響を受ける部分と、維持される部分があります。
流動性知能の低下 |
流動性知能とは、新しい情報の処理や問題解決能力のことであり、加齢に伴う老化の影響を大きく受ける。 具体的には、情報処理速度が低下するために学習や思考に時間がかかったり、新しい技術や複雑な課題への適応が困難になったりする。 |
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結晶性知能の維持 | 結晶性知能とは知識や経験に基づく判断力のことで、比較的維持されやすく、さらに発達する場合もある。 |
記憶機能の変化 |
【短期記憶の低下】 新しい情報を保持する能力が低下しやすい 【長期記憶の維持】過去の出来事や人生経験に関する記憶は比較的保たれる |
学習能力の変化 | 新しい知識を学ぶことは可能だが、習得には時間がかかる。 |
認知症のリスク | 老年期では認知症発症リスクが高まり、記憶・思考・判断力に大きな影響を与える。 |
社会的特徴
老年期の社会的特徴は、加齢に伴う役割や人間関係の変化、社会との関わり方の変化を通じて、多くの課題と適応が求められる点です。
社会的役割の変化
退職により、社会的地位や自己実現の場を失う場合があるが、趣味やボランティア活動を通して、新たな役割を見出すこともある
【家庭内役割の変化】子育てが終了し、親としての役割が減る一方、祖父母としての役割が増える。また、配偶者や家族の介護を担う場合もある
人間関係の変化
身近な人を亡くし、孤独感が増す
【家族との関係の再構築】子どもや孫との関係によって新たな交流が増える。同居や介護に関する課題や問題が生じる場合がある
【地域との関わり】地域の集まりなどに参加することで、新たなつながりを持つ場合もある
社会的孤立のリスク
身体機能の低下による外出困難、配偶者や友人の死・退職による交流機会の減少、デジタル化した情報の取得やコミュニケーション方法に対する適応困難
【孤立による影響】精神的な孤独感が抑うつ症状や認知症の発生リスクを高める
経済力の低下
退職後は年金や貯蓄が主な収入源となるため、生活水準が変化する。十分な年金や貯蓄がない場合、生活が脅かされる
【医療、介護費用の増加】医療費や介護費用が増加し、家計の負担となる
老年看護過程での情報収集のポイント
エリクソンの発達課題を踏まえた情報収集とは?
エリクソンによる老年期の発達課題は、「統合性の確立」です。老年看護過程では、対象者がこれまでの人生を肯定的に受け入れ、統合感を高められる支援が重要となります。そのため、老年看護過程での情報収集では、対象者の身体的・心理的・社会的状態を総合的に把握し、評価する必要があります。
対象者の状態 | 必要な情報 |
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身体的状態 |
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心理的状態 |
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社会的状態 |
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老年看護学実習で良く受け持つ事例
<事例>S氏の一般情報
基本情報 |
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S氏 75歳 女性 |
現病歴 |
2年前にアルツハイマー型認知症と診断され、現在は長男夫婦と同居している。 認知症高齢者の日常生活自立度はⅡ(日常生活に支障をきたすような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られるが、誰かが見守っていれば自立可)で食事や排泄は自立しているが、外出機会が減り運動機能の低下もあり歩行時にふらつくことがある。 入浴は拒否することが多く一部介助にてデイサービスで実施している。 最近のことが覚えられないなど、短期記憶障害が顕著に見られている。 今回は、定期健康診断にて便潜血が陽性となったため、大腸内視鏡検査目的で短期入院となった。 |
既往歴 |
2年前にアルツハイマー型認知症の診断、現在ドネペジルを内服している。 10年前から高血圧にて内服治療中である。 |
心理状態 |
入院後に看護師より検査のため夕食から絶食であることや下剤の内服についてなどの前処置について説明を受けた後、しばらくは落ち着いて自室内で過ごしていた。 家族の帰宅後、夕方より何度もナースステーションを訪れ「どうして私はここにいるのでしょうか」「どうしてご飯が出ないのか」「家族はどこへ行ったのですか」と何度も訴えあり。 |
家族関係 |
長男夫婦と同居している。食事などは長男の嫁が作っている。 次男は他県に在住。 兄弟仲は良好でこまめに連絡を取り合っている。 |
社会状況 |
専業主婦として2人の子供を育てた。 5年前に夫が他界してから一人暮らしをしていたが、認知機能の低下があり2年前にアルツハイマー型認知症の診断を機に長男夫婦の自宅で同居を開始。 長年、家庭菜園を趣味としていたが、長男夫婦と同居を開始してから行なっていない。 現在は要介護1の認定を受け、週3回デイサービスを利用している。短期記憶障害が顕著のため、服薬管理などは困難で家族が行なっている。 |
S情報・O情報から導き出せるアセスメント例と押さえておきたいポイント
S情報 | O情報 | アセスメント |
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「どうして私はここにいるのでしょうか」 |
2年前にアルツハイマー型認知症と診断、ドネペジルを内服中。 要介護1、認知症高齢者の日常生活自立度Ⅱ短期記憶障害が顕著に見られている。 運動機能の低下もあり歩行時にふらつくことがある。 |
認知症高齢者の日常生活自立度はⅡであり食事摂取や着替え、トイレなど身の回りのことは概ね自分で行えている。 しかし、短期記憶障害が顕著に見られており、入院していることや検査についてもすぐ忘れてしまう状況である。 不安や焦燥感から徘徊する可能性があり、転倒する危険が高く注意して観察する必要がある。 |
「どうしてご飯が出ないのか」 |
定期健診にて便潜血陽性のため大腸内視鏡検査目的で入院。 本日夕から検査終了まで絶食。 眠前にラキソベロン、プルゼニド内服、明日朝よりモビプレップによる前処置開始予定。 普段の服薬管理は家族が行なっている。 |
大腸内視鏡検査のため前日より絶食や下剤内服などの前処置が開始となるが、短期記憶障害のため理解が難しい状況である。 |
「家族はどこへ行ったのですか」 |
現在は長男夫婦と同居。 入院後しばらくは落ち着いて自室内で過ごしていたが、夕方より何度もナースステーションを訪れる。 |
入院による環境変化や絶食による空腹感などから不安・焦燥や被害念慮、不穏などの周辺症状(BPSD)が出現していると考えられる。 BPSD症状の悪化は転倒や離院行動などにつながるリスクが高く、症状の改善に向けたケアが必要である。 |
今回の事例のアセスメントのポイント
BPSD症状を引き起こさないために
アルツハイマー型認知症患者にとって、入院による環境変化や普段聞きなれない検査についての説明を受けることは大きなストレス要因であり、不安を増大させます。ストレスや不安の増大は、せん妄や認知症周辺症状(BPSD)の出現・増悪につながり、患者の安全が脅かされてしまいます。患者がBPSD症状を引き起こさず、安全に検査を実施するためには、安心感を与え、患者に寄り添った看護師の関わりが重要となります。
看護師の関わり方
看護師の関わりとして、患者の身体的・心理的・社会的状態の把握と環境変化への対応、コミュニケーション方法の工夫が大切です。同居している家族から普段の生活習慣を確認したり、付き添いをしてもらったりすることも場合によっては必要となります。
また「短期記憶障害があるから意味がないだろう」と本人への説明を省いてしまうのは患者の不安を増大させてしまいます。一度に伝える情報を簡潔に少なくしたり、繰り返し説明を実施したり、紙に記載して残すなどの個別性に合わせた対応が重要です。
BPSD症状を引き起こした場合はガイドラインに従い、まずは非薬物的介入を最優先とし、誘因や環境要因を探り改善を図ります。それでも症状の改善が認められず患者の安全が脅かされる場合は、医師の指示のもとで薬物療法を開始しましょう。
おわりに
老年期看護における高齢者との関わりは、その人の過ごしてきた人生経験や知恵に触れることができる重要な機会となります。一人ひとりの背景や思い、価値観を大切にしながらケアを提供していくことで信頼関係が深まり深い学びと達成感が得られます。これらのことを意識した老年の看護過程を展開していきましょう。